大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(むのイ)2468号 決定

申立人 学校法人 和光学園

決  定

(申立人氏名略)

被疑者飯島和男に対する兇器準備集合、公務執行妨害、建造物侵入被疑事件について東京簡易裁判所裁判官が昭和四四年一一月四日発付した捜索差押許可状による差押許可の裁判および右許可状にもとづき司法警察員が同月九日行なつた差押の処分ならびに被疑者不詳に対する銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件について東京地方裁判所裁判官が同月九日発付した捜索差押許可状による差押許可の裁判および右許可状にもとづき司法警察員が同月一〇日行なつた差押の処分に対し、同月二二日申立人(代理人弁護士斉藤一好、同徳満春彦、同丸山武)からその各取消を求める準抗告の申立があつたので、当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

本件各準抗告を棄却する。

理由

一  本件準抗告申立の趣旨および理由は、右申立人代理人作成の別紙準抗告申立書、準抗告申立書訂正補充書および準抗告申立書補充書(略)記載のとおりである。

二  取り寄せた関係資料によると、まずつぎの事実が明らかである。

(一)  東京簡易裁判所裁判官は、昭和四四年一一月四日司法警察員の請求により被疑者飯島和男に対する頭書被疑事件について別紙(略)のとおりの捜索差押許可状を発付した(当初の準抗告申立書に本件令状には差押物件の表示すらなかつたとあるのは、後に訂正されているとおり申立人の誤解であつた)。右許可状にもとづき同月九日司法警察員らは申立人の設置する和光大学内の研究室棟を捜索し、三一九号室の書棚と壁の間の床上にあつた空気銃弾様の金属一個、三一〇号室にあつた雨ガツパ(白色ビニール製)一枚、ビラ(一〇月一一日のみだしでプロレタリア学生同盟など記入あるもの)二〇枚、スト実情報(一九六九・一〇・一五No.1)六枚、軍手一〇双、三一〇号室のベランダにあつた鉄板棒(長さ約一一〇センチメートル、幅約三センチメートルのもの)一本、三階資料室のベランダにあつた軍手五双をそれぞれ差し押えた。

(二)  東京地方裁判所裁判官は、昭和四四年一一月九日司法警察員の請求により被疑者不詳に対する銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件について別紙のとおりの捜索差押許可状を発付した(当初の準抗告申立書に本件令状には押えるべき物件として単に「三一九、三二〇、三二一、三二二、三一一、三一二」と数字が羅列されていたにすぎないとあるのは、後に訂正されているとおり申立人の誤解であつた)。右許可状にもとづき同月一〇日同法警察員らは和光大学内の研究室棟を捜索し、三一九号室ないし三二二号室、三一一号室、三一二号室の各扇計六枚を取りはずして差し押えた。

三  当裁判所は、関係資料を取り寄せて精査し、検察官および申立人代理人弁護士立会のもとに大学側、警察側双方の関係者を証人として尋問し、申立人の主張するすべての点について慎重に検討した結果、本件各捜索差押許可状による各裁判にはなんら違法の点はなくまた、右各令状にもとづく司法警察員の各処分についても違法としてこれを取り消すべきであるような事由はないものと判断する。

以下、申立人の主張する主要な諸点について述べる。

(一)  昭和四四年一一月四日付捜索差押許可関係について

(1)  捜索すべき場所の特定について

捜索差押許可状に捜索すべき場所を明示しなければならないことは、もとより憲法三五条の要請である。

一般に、大学の建物のように内部に多数の部屋があり、しかも各部屋の使用者、占有者が異なることのありうる場合には、いやしくも無関係の部屋にまで捜索の及ぶことがないように場所の限定について十分な検討が不可欠であり、ことに研究室棟のように内部に多数の個々に独立した研究室がある建物については、研究室が本来もつとも直接に学問研究にかかわる施設であるだけに、学問の自由を保障する憲法二三条の趣旨を十分に尊重し、必要最少限度の範囲は限定して表示するよう格別の慎重な配慮が必要である。

しかし、他方、捜査の状況によつてはあらかじめ捜索すべき場所(差し押えるべき物についても同様)を個別的に明確に特定することは実際上困難な場合があり、しかもぜひとも捜索を必要とする合理的な事由があるため、捜索を受ける者の利益を捜索の必要性とを考量したうえで、ある限度のひろがりをもつ表示をすることもやむをえないことがある。

これを本件についてみるに、結果的には差押物件は研究室棟三階の一部に存在したにすぎなかつたが、本件令状請求の際提供された資料によると、昭和四四年一〇月ごろには、研究室棟がその本来あるべき姿から大きく逸脱し一部の過激学生らによつて大学当局の意思を無視して自由に寝泊りや集会などに使用され、そこで本件各被疑事実に関する計画や準備(改造挙銃による研究室の扉を利用した射撃訓練まで)が行なわれていたと認めるに足りる状況があつて、捜索をぜひとも必要とする合理的な理由があり、しかも三階の特定の研究室とか三階だけというように捜索の場所を限定することは困難であつたと認められるので(実際にも学生らの行動範囲が三階だけに限られるものでなかつたことは、一、二階にわたる落書や壁のビラによつてもうかがえる)、本件の具体的事情のもとでは、「東京都町田市金井二、一六〇番地和光大学内研究室棟」という場所の標示もあえて特定を欠くものということはできない。

(2)  令状請求の際の疎明について

取り寄せた関係資料や証人尋問の結果によると、本件令状請求の際司法警察員から被疑者飯島和男の供述調書、現行犯人逮捕手続書、捜索差押調書、捜査報告書などが疎明資料として提供されており、それらによると右被疑者が本件被疑事実を犯したと思料するに足りる相当な理由がありかつその被疑事実に関し被疑者以外の者である和光大学の研究室棟に差し押えるべき物が存在すると認めるに足りる状況があつたことを確認できる。

そして、令状請求の際提供された疎明資料を裁判所の記録上特に明らかにしておかなくても(法は、令状発付手続の緊急性、暫定性、秘密保持の必要性等の要請から、右のような手続を要求していない)、不服申立があるときは、令状発付手続の適法性の審査は十分に可能であるから、なんら憲法三一条、三五条等の趣旨に反するところはない。

(3)  空気銃弾様の金属一個および雨ガツパ(白色ビニール製)一枚の差押について

本件令状には、差し押えるべき物として、「本件犯罪に関係ある(中略)鉄棒(板)、鉄パイプ、ヘルメツト、軍手、タオル、旗、石塊類、火炎びん及び火炎びん製造のための原料等」と記載されている。

ところで、本件空気銃弾様の金属一個は、右に例示されている兇器類に準ずる兇器の関連物件ということができるから、令状に明示された差押物件の範囲内に包含されるものと解することはあながち不当ではない。のみならず右金属片は、それ自体ほとんど無価値にひとしく、それが三一九号室の書棚と壁の間の床上に一つ落ちていたという客観的状況からみても、学校法人である申立人の所有ないし所持、保管の対象であつたとは到底認め難いものであり、このような物件について申立人から特に差押処分の取消を求めるだけの法的な利益があるということも困難である。

つぎに、雨ガツパは、本件のような学生らによる街頭集団事件の際には「ヘルメツト、軍手、タオル」などと共に着用されることが多い物件であつて、令状記載の「ヘルメット、軍手、タオル」に準じる着用物件として令状に明示された差押物件の範囲内に包含されるものと解することができる。

(一般に、捜索差押許可状における差し押えるべき物件の表示については、いやしくも後に疑問の余地を生ずることがないように、十分な配慮が必要である。本件の場合にも、令状請求の際、司法警察員が差し押えるべき物件の列挙方法と表現についてもうすこし検討、工夫を加えていれば、このような紛議をまねくことはなかつたと思われる。)

(4)  執行方法について

司法警察員が、埼玉県鳩ヶ谷市に居住する和光大学学長に、電話で本件令状を執行するため和光大学に入構する旨を通知して大学側の立会を依頼したのは執行着手の約三〇分前の午前七時ごろであつた。

これは近時、司法警察員による令状の執行が事前に学生らに察知されて証拠隠滅や妨害をされることが多いので、司法警察員がそれよりも早い通知をすることを危険と判断したためであり、また、本件和光大学研究室棟から約百数十メートルの位置に同大学の職員住宅(教員三名位、事務職員一〇名位居住)があるので、大学側ですすんで立ち会う意思さえあれば、時間的にもそれが不可能な状況ではなかつたことも認められる。

そして、大学側では立会について明確な回答をせず、通知してあつた執行着手時刻の午前七時三〇分になつても、大学側の立会人とみるべき者が司法警察員の前に現われなかつた。そこで、司法警察員は、このことを予想して同行していた町田消防署消防士長中村弘を立ち会わせることにし、同人に本件令状を示したうえ研究室棟一、二、三階を同時に捜索したため、事実上同人が差し押えるべき物の発見された三階各室での捜索差押えに随行している間に一、二階の捜索も終了し、同人に差押物件を確認させて押収品目録交付書を交付した(なお大学側の要求で大学に対してはそのコピーをとらせた)ことが認められる。

以上のような状況であつて、司法警察員の処置が刑訴二二二条一項、一一四条二項、一二〇条の趣旨に反する点は認められない。

つぎに、本件令状の執着に際し、支援に当つた機動隊員らが実力で施錠されていた箇所の扉をこじあげたりしたため、研究室棟の二一〇号室、二一二号室ないし二一四号室、三〇一号室、三一二号室、三二三号室および三階資料室の扉の錠が破損したり、錠のついた柱が大きく割れたり、あるいは割れた部分が床に飛び散つたりしていることが認められる。ただし、このうち二一四号室の扉にある三箇の穴は本件捜索前すでに学生によつてあけられていたものであり、また、三二三号室はもと倉庫であつたためマスターキーを用いたとしてもあけられなかつたものである。

ところで、捜索差押許可状の執行については、錠をはずすなど必要な処分をすることができるのであるが、(刑訴二二二条一項、一一一条一項)、その処分は執行の目的を達するために当時の具体的事情に照らして必要かつ妥当な範囲内にとどまるものでなければならないことはいうまでもない。

本件についてみるに、司法警察員としては、一方において前述のように執行の着手に際して大学側から施錠されている箇所の鍵を容易に入手できる保証がなく、他方研究室棟を中心として学生らにより改造挙銃、火炎びん、鉄パイプなどで武闘訓練が行なわれたという情報があり、また昭和四四年四月一三日ごろ同大学事務管理棟の検証、捜索の際に占拠中の学生らが消火器などで抵抗し八名を検挙した前例があつたので、学生らの強力な妨害がありうることを予想して機敏にに室内の様子を確認する必要に迫られ、さらに当日は午前九時から学生のサツカー試合が予定されていたので、学生たちが集まる前に早急に執行を終了させる必要があつた(なお、結果的には学生の抵抗は全くなかつたけれども、右のような情勢判断のもとに二百数十名の機動隊員を動員したことをもつて、ことさらな過剰警備によつて大学の名誉を害したとはいうことはできない)。

そこで、鍵を入手しないまま執行に着手し、扉を開けるための前記箇所の破壊が行なわれたりしたが、その間午前七時四〇分すぎごろ同大学学生部職員石塚泰と応対した際に午前八時まで待つから鍵を提出してほしい旨伝え、午前八時すぎごろ再び鍵の提出を督促みて入手した後はこれを使用して扉を開けたことが認められる。

それにしても、前記破壊の態様と程度は、すくなくとも事後的にみればかなりひどいといわれてもやむをえないものであり、より慎重適切な方法が望ましかつたということができ、警察側に十分な反省を求めるべきところがあるが、右のような具体的事情のもとでの処分であつたことを考え合わせると、いまだ本件差押処分全体を違法とするほどの事由であるということは到底できない。

その他、司法警察員の本件令状の執行が違法であると認められるような事情は存在しなかつたと認められる。

(なお、一般に、大学としてはいやしくもその施設が本来の教育、研究の目的を逸脱して使用されることのないよう十分に管理することが肝要であり、不幸にして捜索等が行なわれる場合には自から積極的にこれに立ち会つてその手続の公正を確認し、必要なときはすすんで鍵等を提供して無駄な破壊を防止することが期待されるのである。)

(二)  昭和四四年一一月九日付捜索差押許可状関係について

(1)  被疑者の氏名、年令不詳について

本件令状請求の際提供された資料によると、令状発付当時、その氏名や年令は不詳であるが和光大学四年の男子学生で人相、特徴などもある程度判明していた被疑者が、昭和四四年一〇月上旬ごろ銃砲刀剣類所持等取締法三条各号に該当する場合でないのに銃砲を所持していたという本件犯罪事実が十分に認められる。

このような場合に、捜索差押許可状に被疑者の氏名、年令不詳と表示したうえで令状を出すべきことは当然であつて(刑訴規則一五五条三項参照)、なにも問題はない。

(2)  捜索すべき場所の特定について

前記(一)(1)と同趣旨で、違法の点はない。

(3)  令状請求の際の疎明について

前記(一)(2)とおなじ趣旨でこの点についても問題はない(ただし、提供された疎明資料は、関連被疑者の供述調書、昭和四四年一一月九日の捜索差押および検証結果等の捜査報告書である)。

なお、違法収集の資料にもとづいて発付された令状は疎明を欠くとの主張は、前記一一月九日の捜索差押が違法であることを前提とするものであるところ、それが違法でないことは前述のとおりであるから、その主張は前提を欠くことになる。

また、一一月九日の捜索差押だけによつて玩具けん銃等の不存在が認められる状況になつたなどともいえない。

(4) 執行方法について

研究室の扉六枚を取りはずして差押えたとしても、その扉に弾痕の存在する疑いがあつて、捜査の目的を達するためには、単に現場で検証するだけでは足りず、精密な鑑定を必要とすると認められる事情がある以上、やむをえない処分といわなければならない。

四 そこで本件各準抗告は理由がないものとして、刑訴四三二条、四二六条一項により、これを棄却することにする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例